宇佐美湾だより

宇佐見湾だより4

 寛永11年(1634)に建造されたとする安宅丸に関し、特筆すべきは、銅板で覆われた巨大な船体と、豪華を極め、贅をつくした装飾であった。将軍の威光を高める目的のために建造されたとも言えるこの巨船は、航行に問題があった為か、隅田川に永らく係...
海事史研究の口絵から

海事史研究の口絵から3

海事史研究の8号―1967年の口絵です。4月号は幕末来航の英国軍艦ユーリアルス号と10月号は北前船船主右近家の八幡丸です。 幕末来航の英国軍艦ユーリアルス号 本文は会員多田実氏。 北前船船主右近家の八幡丸(福...
千石船の湊を訪ねて

千石船の湊を訪ねて 2

前書き(2) 東回り航路と西回り航路 1.房総半島の周辺は海の難所  現在の感覚でいうと、東北地方から東京へ物資を輸送する場合は、房総半島を迂回して東京湾に入れば良いと簡単に考えてしまう。しかし、江戸時代初期に房総半島を迂回し...
こさだセンセの詠草

コサダセンセの詠草 2

第2号が遅れました。原稿をいただいておりましたが、第1号の補注を、という小佐田先生の申し出により、しばらくストップしているうちに時が流れてしまいました。その後、例会でお会いして補注を頂だいいたしましたので第2号の末尾に補注(前編)をご紹介...
千石船の湊を訪ねて

千石船の湊を訪ねて

前書き(1) 千石船と弁才船 1.湊回りの動機  東国路の片田舎であった江戸が家康の入府により、関東各地から巨大な石や大量の材木を集めて町造りを進めて、当時では、世界でも類例のない百万都市に成長していく様は、なかなかダイナミッ...
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