小佐田哲男先生の遺句集『美貌の兵』

 小佐田先生の句集が出版されましたのでお知らせいたします。

小佐田哲男「美貌の兵」
小佐田哲男「美貌の兵」

 この句集は、先生が指導教官であった東大学生俳句会のOB有志により、平成20年の秋から準備が進められていたのですが、そのさ中、昨年の春(平成22年3月23日)に先生が急逝されたために遺句集となってしまったものです。

 東大学生俳句会の機関誌である「原生林」は、先生が立ち上げた東大教養学部作句演習ゼミから生まれたものです。先生の生前に、東大には俳句を作って単位が取れるゼミがあったと伺っていましたが、この遺句集の編集経緯や末巻の小佐田哲男選「原生林アンソロジー」などとしてその全貌がこの句集に収められています。

 この句集のタイトルでもある「美貌の兵」は巻頭にあげられた句です。先生の海軍時代のもので、自分の無事を知った少年兵が思わず微笑みその無垢の笑顔が心に残った様子。その少年兵を上官が非常時に笑うとはなにごとか、平手で制裁した事に対し「少尉まて! そこになおれ!!」と怒りたしなめた状況が注記として書かれています。

「風花や われに美貌の兵ありき」の句の推敲
「風花や われに美貌の兵ありき」の句の推敲

 小佐田先生はメモ魔で、A6のノートを常に携帯してモンブランの極太万年筆であれこれとメモを取られていたことは皆様ご存知であると思いますが・・・・この句集には「八十五年寸描」として、先生の生い立ちや、先生愛用のメモ帳が「たぬき帳」と呼ばれていたこと、東大学生俳句会のそうそうたるOB諸氏を学生の頃から「ボーズども」と呼び、句集の編集に集まるOB諸氏は「尻たたき部隊」と呼ばれていたことなど、海事史学会員には知らざれる一面が数多く書かれています。収められた句は800であり少年期から青春期、師である山口青邨との出会い、原生林時代、高井戸、井蛙洞暮らしと年代をおって句が収められています。そして、後半には編集に集まったOB諸氏との写真が収められるなど、うらやむべく強く暖かい師弟の関係が示されている遺句集となっています。

句集に収められた小佐田先生の写真
句集に収められた小佐田先生の写真

 この遺句集には、若き先生の姿や美代子夫人との写真が収められています。無断にて転載することをお許しいただき、ここにその写真をご紹介いたします。海事史学会の皆様もすでにこの句集を手にとられている方も多いかとは思いましたが、この連載「コサダセンセの詠草」を締めくくるにあたり、あえて掲載させていただきました。学会の例会や、その後の「英香」での懇親会に小佐田先生の姿なく、元気な声が聞けないことがさびしい限りではありますが、句集に残された800句には小佐田先生が満載です。

 句集の連絡先は 〒168-0081杉並区宮前3-5-12久野方  東大俳句会「美貌の兵」編集委員会です。

 ぜひお問い合せください。

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